けろこ堂日乗(β版)

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クリエイティブ・クラスの世紀

リチャード・フロリダの「クリエイティブ・クラス」に関する三冊目(亭主が知る限り)の著作"The Flight of The Creative Class"の邦訳。同僚から都市社会学の研究者の間で話題になっていると教えてもらったので読んでみた。
表題にある「クリエイティブ・クラス」とは、創造的な仕事に携わり、経済的な要因よりも、新しい技術の研究開発、芸術およびエンターテインメントの創作、先端的なライフスタイルの実践といった要因によってモティベートされる(総じて)知的な活動を行う人口集団を指している。
著者は最初からクリエイティブ・クラスという明確な定義を設けてそれを検証したわけではなく、米国の都市間比較を行う過程で、シアトル、サンフランシスコ、オースティンなどの都市のいくつかの指標と、住民の構成との間に関係を見いだしたのだという。それらをより具体的に指標化して検討することにより、都市の就業構造を「サービス・クラス」、「ワーキング・クラス」、「クリエイティブ・クラス」から成り立つものとして、この構成比率による都市の分類を行ったのである。この過程に関しては「クリエイティブ・クラス」に関する最初の著作"The Rise of The Creative Class"(邦訳未)に詳しく述べられている。
こうした都市の就業構造に基づく分析はすでに多くの先行研究があり、かなり枯れた分野であるといってもよい。それら従来の研究は、職業をあくまでも経済的ファンクションとしてとらえ、経済的統計指標からその活動を評価しようとしてきたといえる。それに対してフロリダは「創造性(creativity)」という、社会学者や経済学者が敢えて触れてこなかった特性を、既存のデータを利用して指標化したわけで、これが学会の反発を招いたことは想像に難くない。
確かに、フロリダのクリエイティビティ・インデクスには、「ボヘミアン・インデクス」、「ゲイ・インデクス」といったそれだけを聞くと「いかにも」という指標が含まれており、これらが批判勢力の集中砲火を浴びたようである。これにはフロリダもかなり手を焼いたようで、そうした批判に対するくどくどした反論が本書の前半部を占めている。しかしながら、そうした批判があるにせよ「クリエイティブ・クラス」というアイディアが、多くの都市社会学者や、都市地理学者、経済学者が漠然とその存在を感じていた都市居住者のあるグループを、かなり的確に言い当てたのは確かなようである。

このアイディアが日本にも該当するかは別としても、六本木ヒルズに代表されるある種の職業集団の出現を「ヒルズ族」などと安易に取り扱う前に、きちんと理論的フレームワークの中で議論することが求められているように思う。
ただ残念なことに本書は、先に述べたとおり批判に対するあまり創造的でない反論に紙面を費やしており、後半は都市間比較ではなくグローバリゼーションのコンテクストにおける国際比較に論点が移ってしまっているため、本書を読んでも「クリエイティブ・クラス」の本質的な議論は見あたらない。また内容もどちらかというと「ビジネス書」であって、全体として曖昧模糊とした感じが残る。なぜ二冊の著作をとばしてこの本を最初に邦訳したのか、理解に苦しむ。このアイディアについて議論するには、まず"The Rise of The Creative Class"を読む他はない。

クリエイティブ・クラスの世紀

クリエイティブ・クラスの世紀

The Rise of the Creative Class: And How It's Transforming Work, Leisure, Community, and Everyday Life

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Cities and the Creative Class

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The Flight of the Creative Class: The New Global Competition for Talent

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追記:ようやく"The Flight of The Creative Class"の邦訳が出版された。それにしてもタイトルはちょっと違和感がある。
クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭

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