けろこ堂日乗(β版)

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玻璃の天

「街の灯」に続く、北村薫の「ベッキーさん」シリーズ中編集だ。前作では「わたし」こと花村英子のボディガード兼運転手であるベッキーさんの水際だった格好良さと、その謎めいた有り様がストーリーをひっぱっていたが、本作品ではベッキーさんの秘められた過去の一部が明らかになる。その過去と深い関わりを持つ人物が登場し、物語は大戦への坂道を転がり始めた時代の東京の世相を映し出す。
今回のベッキーさんは、武道や射撃だけではなく、漢籍や美術に関する広範な知識を垣間見せ、ますます只者ではないことが明らかになるが、その過去からは今のベッキーさんに至る過程を想像することは難しい。著者がベッキーさんの空白の時をどのように埋めてくれるのかが楽しみである。
本作品がさらに興味深いのは、戦前期の東京の風景がきちんと描かれていることだ。本作品の第2編である「想夫恋」では、当時の目黒通りを車で走るシーンが登場するが、それは昭和初期の地形図から亭主が想像してみる風景と重なってなかなか面白い。また、表題作「玻璃の天」では池袋が舞台になっているが、戦前の地図や空中写真を見たことのない人にとっては、その荒涼たる風景は正にファンタジイの世界であると思う。
英子が通うのは女子学習院だが、その女学生生活の描写についてもそれなりの考証が窺い知れるものだ。亭主は、当時の女学生の生態(?)については稲垣恭子の「女学校と女学生」、華族という階級を理解する上では小田部雄次の「華族」などを参照しながら読んだが、なかなか楽しめた。

玻璃の天

玻璃の天

女学校と女学生―教養・たしなみ・モダン文化 (中公新書)

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華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)

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