けろこ堂日乗(β版)

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祝復刊! シャドー81

1975年に発表された航空サスペンスの傑作が久々に復刊された。1977年に新潮社から文庫で発売されたこの作品は、当時の海外ミステリイとしては記録的な販売部数を達成したという。航空サスペンスともミステリイとも呼ぶことはできるが、この作品はそうしたジャンル分けなどどうでもよくなるほど、強烈な魅力に満ちたエンタテインメントだ。
本作の主人公グラントは、ベトナム戦争末期に実戦テストのために投入された最新鋭戦闘爆撃機のパイロット。そのグラントがある理由からとんでもない方法でハイジャックを企てる。その方法とは、TX75Eというこの戦闘爆撃機を盗み出し、機外から旅客機を丸ごと人質にするという卑怯千万(笑)なものだ。もうこの設定だけでペンタゴンが怒り狂いそうだが、こういう作品がちゃんと世に出てしまうところが彼の国のスゴさでもある。
もっともこの話だけだと、その手があったか!と思うものの、それってダメダメなんじゃないの?とミステリイ・ファンなら誰しもすぐに問題点を思いつくだろう。その問題点を主人公はあっと驚く方法でクリアしてゆく。そしてその鍵を握るのはTX75Eの驚異的な性能なのだ。亭主がこの作品を航空サスペンスと呼ぶのは、戦闘機がもう一人の主人公だからだ。
ところで、発行年を最初に書いたのは、発表された年と、日本で文庫が発売された年のタイミングが重要だからだ。
発表年の翌年、つまり1976年、日本を舞台に驚くべき事件が起きる。そう、ベレンコ中尉亡命事件、別名MiG25事件だ。ウラジオストクに近いチェグエフカ空軍基地から訓練目的で離陸した、ヴィクトル・ベレンコ中尉の操縦するMig25フォックスバットが、低空飛行によって日本のレーダー警戒網を突破し、函館空港に強行着陸した事件である。亭主の年代のヒコウキ少年達は、テレビ画面にくっきりと映ったフォックスバットの姿に唖然としたものだ。
この事件の翌年に、邦訳版が発売されたのは全く出来過ぎた話という他はない。もちろんグラントとベレンコの行為は、動機も目的も全く異なるが、デタント時代とはいえ冷戦下の極東で、現役のパイロットが戦闘機を「乗り逃げ」するという、おおよそ起こりそうもないことが実際に起きてしまったという事実は、戦闘機パイロットという軍事エリートにすら、ある種の疲弊が浸透しつつあることを想像させるに十分だった。それ故、本作品のリアリティがさらに説得力を持って受け入れられたことは間違いないと思う。
しかし、これほど優れた作品でありながら、米国ではあまり話題にならなかったらしい。著者ネイハムはこの後作品を発表することはなく、残念ながら1983年に亡くなってしまった。従って本作は著者の唯一の作品ということになる。
本国では顧みられることはなくとも、没後四半世紀を経た今なお、極東の小国で愛読されていることを著者は成層圏の遙か彼方から見守っているだろうか。

シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)

シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)