けろこ堂日乗(β版)

けろこ堂日乗のHatenaブログ版です。

詩羽のいる街

山本弘の最新刊を読んだ。「詩羽(しいは)」はこの作品のヒロインの名前。おそろしく賢いことは間違いないが、決して超能力者でも異世界の住人でもない。まったく当たり前の女の子だ。彼女の仕事は「人に親切にすること」。
何しろ山本弘である。「またまた・・・」と思う人も多かろう。しかし、この物語は直球勝負である。「親切」という、ともすれば曖昧になりがちな言葉の意味を、著者は詩羽の言葉を借りて明確に定義する。この小説の根幹を成すのはこの部分ではないかと思う。
この定義に共感できない、あるいはけしからんと思う方もいるかもしれない。その場合は、このような人間関係のモデルがあり得たら、という想像の物語だと思って読めばよい。本書はもとよりファンタジーである。
この定義に基づくなら、詩羽がつくりだす奇跡のような人と人の関係も何ら不自然ではない。淀みなく編み出される物語は、すがすがしく感動的でありながら、道理にかなった安定感がある。あまり適当ではないが論理的整合性がある、といってもよいだろう。
ただし、このストーリーを実現するには「才能」と「ちょっと見方をかえる」こと、そして何よりも「そんなことはできっこない」と決めつけている常識から踏み出す行動力が必要だ。誰にでもできることではないだろう。それをけれんがかった道具立てを一切使わずに、現実味あふれる物語に仕立てあげた著者の力量には感服するよりない。
しかし、である。ここまで書いて、はたと気がついた。
この物語の中で起きる出来事に比べれば、9.11の方が余程あり得ない出来事だ。してみると、この物語を読んで「あり得ない」と思ってしまう自分はどういう現実に生きているのか。
恐るべし、山本弘

詩羽のいる街

詩羽のいる街