けろこ堂日乗(β版)

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算法少女

1974年にサンケイ児童文学賞を受賞し、数学教育の関係者から熱烈な支持を受けながらも永らく絶版となっていた幻の作品が、ちくま学芸文庫によって復刻された。亭主は昨年この本の存在を知ったが入手不可能ということであきらめていたところ、偶然にも書店に平積みされている本書をみつけた次第。久々に嬉しいことだ。
表題の「算法少女」とは江戸時代に書かれた算法入門書であるが、その著者については詳しいことが分かっていない。現存するオリジナルは数冊といわれており、著者の遠藤寛子は、この作品を執筆するにあたり国会図書館に所蔵されている一冊の複写を閲覧し、筆写したという。こうした著者の真摯な態度がそのまま表れたかのように、ごまかしのない、誠にさわやかな作品になっている。
ストーリーは、江戸に住む町医者千葉桃三の娘「あき」が社に掲げられた算額の解答に誤りをみつけたことから巻き起こる騒動が中心になっている。主人公あきの父桃三は上方で算法を学び免許皆伝を得た人物だが、江戸では上方の算法家が認められないため、算法塾を開くこともままならず糊口をしのぐために町医者をやっている。あきは算法好きで、15歳にして大人の算法家顔負けの才能を示す。この二人がある事情から初心者にもわかりやすい算法の入門書として書いた仮名本が「算法少女」であるという設定になっている。この設定の元になった史料についてはhttp://www.geocities.jp/nicht48/syoujyo/syoujyo.htmlに詳しいので興味がある方は参照されたい。
江戸時代の算法は、関孝和に始まる「関流」がよく知られているが、関流出身ではない算法家も多くいた。関流は幕府にとりたてられて事実上の幕府公認流派のようになっていたが、他の流派の中にはこうした状況をよしとせず、挑戦状をたたきつけた例もあり、時には不毛な誹謗中傷合戦にまで及んだという。「算法少女」にもそのあたりの事情が触れられている。
ところで、電子商取引に用いられる公開鍵暗号の実現に不可欠な「久留島−オイラー関数」を発見した久留島義太も関流直系ではない。亭主が「算法少女」を知ったのは、久留島に関する史料を探していた折のことである。久留島は多くの詰将棋を残していることで知られるが、和算家としての生涯はよく分からない。この久留島を主人公にした短編小説に新田次郎の「算士秘伝」がある。これも絶版で入手には苦労したが、一読の価値がある佳作だ。新田は自身が気象庁技官であったこともあり、科学者や技術者の真理探究にかける執念を題材にした作品が少なくない。「算士秘伝」と同じ中短編集には、算法家大名として名高い有馬頼ゆきを題材とした作品も収録されており読み応えがある。

算法少女 (ちくま学芸文庫)

算法少女 (ちくま学芸文庫)

新田次郎全集〈第19巻〉富士に死す・算士秘伝 (1976年)