けろこ堂日乗(β版)

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天涯の砦

小川一水といえば、ここのところ星雲賞の長編(「第六大陸」)、短編(「老ヴォールの惑星」)をあいついで受賞し、すっかり若手SF作家としての評価が定着したように見える。一ファンとしては喜ばしいことだと思う。その最新作の「天涯の砦」を読んだ。
日本の民間宇宙ステーションで起きた未曾有の大事故に巻き込まれた人々の生存への闘いを描いたドラマは、ポセイドン・アドベンチャーやタワーリングインフェルノなどの往年の「大惨事もの映画」(亭主は「パニックもの」という呼び方は適当でないと思っている)を彷彿とさせるものだ。しかし、舞台は人類の大部分がまだ行ったこともない衛星軌道である。困ったことに、行ったことのある人間が少ない割には、やけに詳しくいろいろなことが判っている。こういう舞台で「迫真の」ドラマを創り上げることが、作家にとってどれほどリスクが大きく困難なことか想像してみてほしい。小川一水はそれを成し遂げた。
さらに、ハリウッド的な「大惨事もの」にお約束のパターンは実に丁寧に盛り込んである。その緻密さは時として異常なまでの圧力を持って、読み手に迫ってくる。いってみれば過去の「大惨事もの」の王道的作品を本歌取りして「宇宙大惨事もの」として書かれた最初の作品であるといってよかろう。もちろんいままでに宇宙空間や他の天体で起きた事故をあつかった作品は少なくない。小川自身も大災害からの復興を描いた「復活の地」がある。しかし、繰り返しになるが、ここまで徹底的に「大惨事もの」パターンに徹し、その完成度で勝負を挑んだ作品はお目にかかったことがない。
この作品に関しては、おそらくファンのなかでも評価が分かれるだろう。著者もそのことを予感していると思う。亭主は、敢えてリスクの大きい作品創りに挑んだ著者の勇気と情熱に敬意を表したい。

天涯の砦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

天涯の砦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)

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